熊本の小劇場がブロードウェイミュージカルに挑む理由 タイトル・オブ・ショウ上演への道のり

2018/08/27

▲タイトル・オブ・ショウ出演者の5人

「ここでブロードウェイミュージカルをやりませんか?」

studio in.K.でそんな話が持ち上がったのは2017年末のことだった。

作品の題名は『タイトル・オブ・ショウ』。ブロードウェイで人気を博し、日本でも上演されたことのある作品だ。

ブロードウェイミュージカルと聞いて関係者は戸惑った。それもそのはず、studio in.K.はいわゆる「小劇場」だ。客席は詰め込んで50席ほど。ステージは学校の教室よりも小さい。

小劇場でミュージカルをすること自体は珍しくない。世界中の小劇場でミュージカルは上演されている。しかし、それが“ブロードウェイ”ミュージカルとなると話は別だ。

巨大なセット、豪華な照明・音響設備、時には3桁にも及ぶ出演者……。ブロードウェイミュージカルとは、全てにおいて規模が違う別次元の夢の世界なのだ。

ブロードウェイ・ミュージカルとは?

そもそも、ブロードウェイミュージカルとは何なのか皆さんはご存じだろうか?

「ウエストサイド ストーリー」、「キャッツ」、「ライオンキング」、「オペラ座の怪人」、「レ・ミゼラブル」、「メリー・ポピンズ」、「サウンド・オブ・ミュージック」……。

観たことはなくとも、誰もが名前を聞いた作品が一つくらいあるだろう。いずれも大ヒットミュージカルで、映画化されたものも多い。

こういった作品が上演されてきたのが、アメリカ演劇の中心地であり、ニューヨークのシンボルである“ブロードウェイ”だ。

ブロードウェイとは、ニューヨークのマンハッタンを南北に走る通りの名前である。中央近くには劇場が集中し、アメリカ最大のステージ・エンターテインメントの中心地として長年にわたりにぎわっており、今ではミュージカルの代名詞とまでなっている。ほぼ毎晩休みなく約50本もの作品が公演され、年間観劇者数は1千万人超、全作品の総興行収入は年間10億ドル以上にもなる。

このエリアにある劇場は、主に3種類に分けられる。

●ブロードウェイ
客席が500席以上の大劇場。主にミュージカルが上演されている。

●オフ・ブロードウェイ
客席が100席以上の中劇場。ミュージカルのみならず、ストレートプレイやダンスなど様々なジャンルの作品が上演されている。

●オフ・オフ・ブロードウェイ
客席が100席以下の小劇場。実験的な非商業的な作品が上演されている。

ブロードウェイへの無謀な挑戦を描いた『タイトル・オブ・ショウ』

ブロードウェイで公演される作品はどれも一流であり、制作は数年がかり。製作費は大規模なものでは600万から1200万ドルにのぼるとも言われている。

そんな中、ブロードウェイを目指して3週間でミュージカルを作るという4人の若者の無謀な挑戦を描いた作品があった。それがミュージカル『タイトル・オブ・ショウ』である。

4人はミュージカルを作ってフェスティバルに応募しようとするが、与えられた期間はたったの3週間。内容が思い浮かばない作家は、自分達がミュージカルを作り出す過程をそのまま脚本にしようと考えたのだが……。作品を作る過程で、役者選び、スポンサー探しの苦労など、業界人なら笑えるネタがこれでもかというほど詰め込まれた遊び心満載の作品となっている。

面白いのは、この挑戦が物語の中の話というだけでなく、実際に作品が制作され、上演されていった過程と重なっている点だ。

『タイトル・オブ・ショウ』は2004年の「ニューヨーク・ミュージカル・シアター・フェスティバル」にて実際に上演されている。ここで大評判となり、2006年にオフ・ブロードウェイ、さらに2008年からブロードウェイで上演され、100回以上の上演を数えるスマッシュヒットとなった。トニー賞ではベストミュージカル脚本賞にノミネートまでされている。

演出家と女優の狂気

▲作品中のワンシーン

舞台への愛情に溢れた脚本が評価され、多くのミュージカルファンを魅了した『タイトル・オブ・ショウ』。その作品に魅了された一人が、in.K.に本作を持ち込んだ演出家の神永真美である。彼女は『タイトル・オブ・ショウ』を仲間と翻訳し、早稲田大学の演劇サークルで上演した経験があった。

神永は2017年末に公演された『ジョン王』を観劇し、終演後、元々知り合いであった小松野希海に上演の話を持ちかけたのだ。持ちかけたと言っても、神永自身は軽い気持ちで話に出しただけで、まさか実際にやるとまでは思ってなかったらしい。

しかし、そこに小松野が食いついた。studio in.K.でこれまで上演してきたミュージカルは、実はすべてオリジナル作品だ。この話は輸入物に挑戦できるという、またとないチャンスだったのだ。

しかし、ブロードウェイミュージカルを小劇場で上演できるだろうか?

冒頭にも書いたように、最初はそんな懸念が渦を巻いていた。

しかし、いざ作品づくりをはじめてみると、それらが杞憂であることがすぐに分かった。描かれるのは夢の世界ではなく、今そこにある現実。『タイトル・オブ・ショウ』はミュージカルでありながら、とても”小劇場的”な作品だったのだ。豪華で大がかりな舞台装置や大勢のコーラス隊などなく、in.K.にあるのは最小限の出演者と多少の大道具・小道具だけ。そんなスタイルがむしろin.K.にマッチしているとも言える。

実はこのように少人数かつ必要最低限の舞台装置だけでつくられた作品がブロードウェイの舞台の乗るのはとても珍しいこと。莫大な予算がなくとも、人が少なかろうと、人の心を掴むことが出来ればブロードウェイに行ける。『タイトル・オブ・ショウ』は誰もが無理だと思っていた夢に挑戦し、見事証明してくれた作品だったのだ。

とはいえ、既存作品ならではの難しさもある。in.K.が作ってきたオリジナルミュージカルは、それはそれで毎回筆舌に尽くし難い苦労があるのだが、役者や状況に合わせて台詞や楽曲を作り変えることが可能だ。しかし既成の作品はそうはいかない。完全な台本や楽譜というものが用意されており、最初から到達しなければいけない地点というのが決まっている。

そして、『タイトル・オブ・ショウ』はそのレベルがべらぼうに高かったのだ。台詞の量はあまりにも多く、歌はプロが頭を抱えるほど難易度が高い。出演者は相当な苦労をしている。

しかし、小松野希海は言う。

確かに壁は高い。でも必ず乗り越え、この作品を送り出してみせる。これは私たち作り手の魂を描いた作品だ。いつも私達の作品を観に来ていただいている方々はもちろん、舞台芸術を愛する方々、創作をしている方々にぜひ観てもらいたい。きっと心に届くものがあるはずだから

舞台人の夢を描き、笑いと感動に溢れた『タイトル・オブ・ショウ』。熊本でブロードウェイミュージカルを観れるまたとないこのチャンス、どうか見逃さないでほしい。

▲公開リハーサル終了後、出演者と関係者で

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